今回は小田原短期大学で専任講師を務める山鹿貴史先生に、「キャリアにおける意思決定と自己理解の重要性」についてインタビューをさせていただきました。大学通信教育などの遠隔高等教育や保育者養成教育教育、情報基礎教育をご専門とされている山鹿先生に、キャリアの転機における考え方や効果的な意思決定のプロセスについてお伺いします。
研究背景・専門領域に関する質問
主な研究テーマは二つで、まず一つ目は「遠隔高等教育」と呼ばれる分野です。1950年から正規の課程として制度化されている「大学通信教育」や、近年のコロナ禍を機に通学課程でも広く利活用されるようになった「メディアを利用して行う授業」(遠隔授業・オンライン授業)などの研究を行っています。二つ目は「保育者養成教育」です。保育士や幼稚園教諭、保育教諭を目指す皆さんが学ぶ養成校における教育の在り方などを研究しています。
2025年度からは、このふたつの研究テーマに関連した「短期大学通信教育における保育者養成の研究 ―専修学校との併修制度に着目して―」(日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究C)という課題に基づいた研究も行っています。
これまでに担当してきた授業は「教育原理」や「教育制度・行政論」、「教育の方法と技術」などの科目が多いのですが、教育職員免許法施行規則第66条の6に定める科目として行われる「情報機器の操作」などの、情報基礎教育に関する科目も多く担当してきました。
私は、以前に勤めていた通信制大学に教員として着任したのがちょうど10年前の2016年なのですが、当時から比べても、その変化の勢いは著しいと感じています。
特にコロナ禍以降の5年間では18~22歳の若年層学生の入学者数が増加傾向にあり、2025年度では4万人近くにもなるなど、5年前と比べると倍増したという国の調査データが示されています。
またZEN大学に代表されるように、通信制大学そのものの設置数が増えていることも注目すべき点だと思います。これまで通信制大学では、主に有職の社会人学生へのリカレント教育・リスキリング教育や、中高年層学生の生涯学習への需要に応えていました。しかし、最近は逆に手薄だった若年層学生への初年次教育やリメディアル教育、就職・進路支援などでも、そうした機能を強化する大学が増えつつあると実感しています。
こうした状況に伴って、通信制大学について研究する若手研究者の方も増えてきています。最近では高校生のうちの「10人にひとりが通信制高校生」(手島純 編著『通信制高校のすべて 2.0 「いつでも、どこでも、だれでも」の学校』彩流社・2025年)と言われています。高校でも大学以上に進学先として通信制を積極的に選択する方が増えてきたのだと思います。
キャリアの意思決定のプロセス(研究・実務)
通信教育や遠隔教育の広がりとともに、仕事への考え方や捉え方の社会的な変化も、若者のキャリアの選択肢に大きく影響を与えていると思います。
ちょうど私が大学生だった2006年に、城繁幸さんの『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来』(光文社)という本がベストセラーとして注目されていました。それから20年が経ち、今日では転職は勿論のこと、起業や副業なども一般的な選択肢になりました。
国からも「社会人基礎力」(経済産業省、2006年)、「学士力」(文部科学省、2008年)、「人生100年時代の社会人基礎力」(経済産業省、2018年)という考え方が示されるなかで、社会そのものにおいても「大学での学び」や「職業観」に対する捉え方が、大きく変わってきたように感じます。
通信教育はよく「孤独な学び」といわれますが、「孤独」とは、決して悪いことではありません。先述の『通信制高校のすべて2.0』において、通信教育の原理を哲学などの考え方に基づいてご研究されている古壕典洋さんという方は、他者とのつながりが断たれた状態を「孤立」、一見するとひとりぼっちのように見えても自分自身と向き合い、己の内なる声を聴くことができる状態を「孤独」である(前掲書、2025年)としています。これを少し難しい言葉で解釈すると、通信教育に対して「隔地性」だけではなく、「隔時性」を見出そうとする考え方だと思います。
つまり通信教育には、学修者個々人の時の流れのなかで学びを深めるという特長があるわけです。通信制大学・高校に進学する若年層学生が増加しているということは、今後自分自身の進路や就職に対しても深く考える若者が増えてくることを示しているのかもしれません。
「失敗は成功のもと」とはよくいわれますが、「成功は成功のもと」とはいいません。どれだけ成功者にみえる偉人にも、その成功の裏には何倍、何百倍の失敗の積み重ねがあります。失敗という「結果」があるからには、そこには必ず失敗に繋がった「原因」があるわけです。その原因が何だったのかということを分析し、そして浮かび上がってきた課題をひとつずつ解決することで、成功に近づけるのだと思います。
近年では初・中等教育でも「プログラミング教育」や「問題解決学習」(課題解決型学習、Project-Based Learning)が導入されていますが、単に特定の学習課題を解決するだけではなく、そうした学びを通じて、本当の意味での「生きる力」、そして「活かす力」を養うことが大切なのだと、私は考えます。
また、昨今では「合理性」や「成果の可視化」を重視する考え方も多くみられるようになりましたが、このような指標では、「遠回り」をすることの効果は評価できないと思います。私自身、大学の教壇に立つようになってはじめて、自分が大学生だった頃に教わった内容を「真に理解できた」と思う瞬間が少なくありません。通信制に限らず、特に大学教育には、そうした遅効性の学びという「良さ」があるということも、高等教育現場や教育行政に携わる方々には、忘れないでいただきたいです。
職業選択・企業選びに関する質問
これはとても難しい質問ですね。終身雇用や年功序列といった価値観が一般的だった時代においては、若者はまず幅広くさまざまな経験を積んだ後に、自分自身の専門性を見出すという順序が成り立っていたと思います。しかし今現在の社会においては、若くしてすでに卓越した専門性を身に付けている方も増えてきているように感じます。
将来が不透明な時代だからこそ、自分の強みとなる専門性を持たなければ、キャリア市場での評価を得ることは難しいということなのではないでしょうか。
ただ、ひとつ確実にいえることは、自分自身の専門性や適性というのは、様々な経験をしてみなければ「わからない」という点です。なので、高校生や大学生のみなさんには、ぜひ若いうちに色々なことへ挑戦してみてほしいと思います。
私自身は、教員養成で有名な私立大学の教育学部に進学しましたが、在学当時に発生したリーマン・ショックの社会的影響を目の当たりにするなかで、初・中等教育の教員ではなく大学職員という就職先を選択しました。また、大学職員として働き始めた頃、東日本大震災が発生するなど、大きく価値観を揺さぶられる出来事を若いうちから数多く経験しました。
そうした中、かねてより関心を抱いていた研究の道に進みたいと思うようになったことと、情報通信技術の発達によって、大学通信教育が一層発展するようになるのではないかと考え、最初の職場を退職して、通信制の社会人大学院に進学しました。大学院在学中は、今でいうところのICT支援員(情報通信技術支援員)や、情報システム部署の非常勤職員として働き、そのあと四年制の通信制大学の教員に転身しました。冒頭でお話しした担当科目について、これらの経験がすべて、現在の教育活動の礎になっています。
大学教員になってからは、保育・幼児教育系の学校でも教壇に立つ機会が増え、保育者養成教育の研究を開始し、保育士の資格を取得しました。振り返ってみると、たしかに「直線的」(ラダー・タイプ)ではなく、「曲線的」(スクイグリー・タイプ)のキャリア形成をしてきたのだと感じます。私に限らず、大学教員には、実はそうしたキャリア形成の方も多いのではないかと思います。
先生の専門的視点からのアドバイス
2013~2014年に放映されたテレビアニメで、「ラブライブ! School idol project」という革新的な作品がありました。2014年に放映された二期および作品全体のテーマは、「みんなで叶える物語」と明示されていましたが、前年に放映された一期のテーマについては、明らかな形では示されていなかったと思います。
しかし、その劇中で繰り返し描写されていたテーマこそが「やりたいことをやってみる」というものだったと、私は考えます。
これを言い換えるのであれば「挑戦することで道が拓ける」ということではないのでしょうか。先ほども述べましたが、若い学生の皆さんは、どんなことでもよいので、常に何かに挑戦する気持ちを忘れないで頑張ってほしいと思います。
若手の皆さん、特に大学教員や研究者志望の皆さんへのメッセージとなりますが、自分の行う研究に対して「縦軸と横軸」を意識して取り組むことが、よい結果に結び付くためには大事なことだと思います。
「縦軸」というのは、自分自身のなかの中核的な研究分野・テーマです。私でいえば「遠隔高等教育」がそれに当たります。「横軸」は、いわば「仕事としての研究」とでもいいましょうか。私は「保育者養成教育」や「情報基礎教育」などです。縦軸だけを伸ばしても、教員公募で採用されることは、なかなか難しいと思います。
その一方で、横軸だけを伸ばしても、研究者としての真の専門性は評価されません。これらふたつにバランスよく取り組むことで、大学教員のキャリア市場で評価されることに繋がると思います。私自身、このことを早い段階から業界の先輩にあたる方々から教えていただいたことで、現在のキャリア構築に繋がったのだと実感しています。
「進みつつある教師のみ人を教うる権利あり」という、ドイツの教育学者・ジステルエッヒの言葉がありますが、これを日本で広く紹介したのが、全人教育を提唱した小原國芳先生だと言われています。常に学び、挑戦を続けるということが、キャリアという点においても、とても大切なことなのではないでしょうか。
小田原短期大学の基本情報
今回インタビューにご協力いただいた先生は、小田原短期大学で専任講師を務められている山鹿貴史先生です。
| 名称 | 小田原短期大学 |
|---|---|
| 所在地 | 〒250-0045 神奈川県小田原市城山4丁目5−1 |
| 大学HP | https://www.odawara.ac.jp/ |